自己責任論は無視しろ!「すべて自己責任」という意見が嘘である3つの理由とは?

自己責任論は嘘楽に生きたい

この記事は、自己責任論に苦しんでいる人、自己責任論を押し付けられてモヤモヤしている人に向けて、

「自己責任論なんて嘘だから気にしなくてもいい」という内容です。

世の中には自己責任論が大好きな人がいますよね。

今の悲惨な生活、
過去の失敗、

これらの原因はすべて自分にあり、

「今、いい人生を状況にないのは、努力が足りないからだ」

「すべての結果は自己責任だ」

という人がいます。

しかし本当でしょうか。

本当に、すべて自己責任なのでしょうか?

努力していたら180度違った人生を送っていたのでしょうか。

そんなことはありません。

努力だけではどうにもならないことがあります。

自己責任論なんて完全に嘘です。

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自己責任論が嘘である理由1:努力が報われるとは限らない

劣等感で落ち込む人
「努力は必ず報われる」という言葉がありますが、確実に嘘です。

たとえば、30代の男性が「ダルビッシュみたいなプロ野球選手になりたい」といって死ぬほど努力したら、ダルビッシュのようになれるでしょうか?

ダルビッシュはおろか、プロ野球選手にすらなれませんよね。

例をもう1つ。

「起業して、ゾゾタウンの前澤社長くらいお金持ちになりたい」という目標はどうでしょう。

死ぬほど努力すれば、少し収入が増えるかもしれません。

しかし宇宙旅行に行けるような、大金持ちになれるでしょうか。

若くて美人なタレントと付き合えるでしょうか。

努力しても、大金持ちになれる保証はどこにもありません。

事故にあったり、病気になってしまう可能性だってあります。

努力したからといって報われるとは限りません。

そもそも努力が必ず報われるのなら、勤勉な人が多い日本は、成功者で溢れています。

失敗も成功も、運しだい。それは、少し本を読めばわかることです。

また、成功者であっても、「自分が成功できたのでは、運が良かったからだ」と堂々と語る人もいます。

謙虚は姿勢をアピールするためにそういっている場合もありますが、

本心から「運が良かったら成功できた」と語る人もいます。

私は実際に、お会いしたことがあります。

努力が報われない以上、すべてが自己責任とはいえない

努力が必ず報われるのであれば、今の悲惨な生活があるのは、「自分の努力が足りないから」ということになります。

しかし「努力が必ず報われる」というのは嘘です。

ということは、今の悲惨な生活があるのは、「自分の努力が足りないから」とは言い切れないのです。

たんに運が悪くて、惨めな生活になってしまった可能性もあります。

つまり、自己責任論は嘘なのです。

自己責任論を押し付けられても、自分を責めてはいけません。

環境や運にも責任があるです。

自己責任論が嘘である理由2:生まれる家庭によって能力が決まる

部屋 家庭 家
人間は能力に差があります。

足が速い人もいれば、頭がいい人、背が高い人もいます。

しかし、能力を自分で選べません。

「イケメンになりたい!」と死ぬほど願っても、両親がブサイクなら叶わぬ夢です。

社会的価値が高い能力を持って生まれてくれば、ブサイクでも成功できるかもしれませんが、そうとも限りません。

また、遺伝的な能力だけでなく、家庭環境も人生に影響を与えます。

親の年収や学歴が高い家庭の子供ほど、学校の成績がよい

という調査結果が文部科学省から公表されました。

この調査は2013年4月に実施した全国学力調査の結果と保護者へのアンケート調査の結果を組み合わせたものです。

調査では、家庭の所得、父親の学歴、母親の学歴の3つを総合したものを「社会経済的背景」とし、その指標と子供の成績を比較したものです。

結果は明瞭で、小学校、中学校とも、調査対象となったすべての科目において、社会経済的背景が高い家庭の子供のほうが、そうでない子供と比べて成績が上でした。

※引用:「親の年収が高い子供の学力は高い」と調査結果、これはどう考えたらいい?

少し古いデータではありますが、上記のように、親の収入と子供の成績には相関関係があるのです。

家庭が裕福かどうかは、その後の人生に影響します。

それでも自己責任論を語れるでしょうか。

今の人生の結果は、すべて自分にあるのでしょうか?

能力も生まれる家庭も選べないのに、「すべて自己責任」などといえるでしょうか。

そんなこと絶対にいえないはずです。

ですから自己責任論なんて、完全に嘘なのです。

自己責任論が嘘である理由3:人生には偶然や運で決まる要素が多い

サイコロ 運 偶然
たとえば、津波の被害にあったことが原因で、貧しい生活をしている人がいたとします。

その人に対して、「今の生活が貧しいのは、あなたの努力が足りないからだ。全部自己責任だ!」などといえるでしょうか。

そんなことを言う人がいたら、バッシングを受けますよね。

ではもう1つ。

就活がうまくいかなくてニートになって、貧しい生活を送っている人がいたとします。

その人に対して、「就活で努力しなかった自分が悪い。ニートになったのは自己責任だ」というのは正しいのでしょうか。

自己責任論が大好きな人であれば、「至極、正しい」というでしょう。

しかし、これだって災害の例と変わりません。

真面目に就活をしていたが、偶然、面接官に恵まれなかった可能性もあります。

いいアドバイスをくれる友人がいなかった場合や、

親の能力と家庭環境が悪くて、面接を通過するのに必要なコミュニケーション力が身につかなかった、という場合もあります。

いい友人に出会えるかどうかは、運しだい。

自分のコミュニケーション力が劣っていると気づけるかどうかも運しだいです。

努力で補える部分もあるかもしれませんが、運や偶然も大きく起因しています。

今の生活が苦しいのは、

今、人間関係で悩んでいるのは、

仕事がうまくいかないのは、

全部、自分の責任なのでしょうか?

そんなことは絶対にありません。

どんなことであれ、かならず偶然で決まっている部分があります。

しかもその割合はかなり大きい。

人間関係、自分の能力は自分で選べません。

成功も失敗も、自分で選べません。

運で決まります。

つまり、「すべて自己責任である」というのは、完全に嘘なのです。

気にする必要はありません。

社会人になってからも親の力が影響することもある

家庭環境や親の経済状況は、子供のときだけでなく、社会人になってからも影響します。

仕事がまったくできなくて人間的にもすごく嫌いな奴だったとしても、金持ちの家に生まれれば援助してもらったり資産を引き継いだりしてなんとか生きていける。

でも貧乏だとそうはいかない。お金がないと嫌なことや向いていないこともやらなきゃ生きていけない。

引用:ニートの歩き方(pha)

たとえば就活がうまくいかないとき、親に人脈があれば、それを使って就職先を見つけられるかもしれません。

親が会社を持っていれば、その会社を継ぐ、その会社に就職することもできます。

不動産を持っていれば、相続もできます。

しかし、人脈も資産も金もない親ならどうでしょう。

親をアテにすることはできません。

もちろん親をアテにするのが良いか悪いかは別として、いざというときに親が役に立つかどうかは、自分の努力ではどうにもできない要素です。

このように、どんな家庭に生まれるか、どんな親かは、あなたの人生に大きな影響を与えています。

今の人生があるのは、あなたの努力不足とは言い切れないのです。

自己責任論を振りかざすなど、お門違いなのです。

自己責任論は無視していい

自分の道を突き進む

日本人は自己責任論が好きな人がたくさんいます。

それは成功した人だけとは限りません。

悲惨な生活を送っている人ですら「自分が努力してこなかったから」「自分が悪い」などと考えてしまう人が多いのです。

ちなみに、日本で自殺する人が多いのは、「自己責任論」を信じてしまう人が多いから、という意見もあります。

人生がうまくいかないとき、

「自分が悪いから」と考えてしまい、人に相談できなかったり、どんどん深刻に考えてしまったりするが故に、

自殺してしまう人が多いという意見もあるのです。

しかし、本記事でお伝えしてきた通り、人生がうまくいくかどうかは、運しだいです。

「努力は報われる」
「今の悲惨な生活があるのは、自分の責任だ」

などという言葉は完全に嘘。

努力が報われるのであれば、今頃日本は成功者で溢れています。

報われない努力もあるのです。

努力はまったく意味がないのか?

就活をする男性

努力は報われるとは限りません。

では努力に意味はないのでしょうか?

そんなことはありません。

努力にも意味があります。

いい人生を歩みたければ、努力は必須です。

なぜか?

努力することで成功の確率が上がるからです。

努力しなければ、成功もない

一度の努力が報われるとは限りません。

しかし、まったく努力をしなければ、それこそ成功はないのです。

努力は宝くじと似ています。

宝くじは、「買わなければ当たらない」とよくいわれますよね。

同じように努力も、「しなければ報われない」のです。

努力しても、あなたの人生が良くなるとは限りません。

しかし努力しなければ、あなたの人生は絶対に良くならないのです。

未来に起こることすべてに、偶然が影響すると思えば、努力を投げ出したくなるかもしれないが、それは賢い選択ではない。

過去については、反省すべき点は反省しながらも、よかれあしかれ偶然が関与した結果だと受け止める。

未来については、偶然が関与するにせよ努力することが成功の必要条件なのだと考える。

さよなら自己責任―生きづらさの処方箋―

全部他人のせいにしてもいい

今、あなたの人生が良くないのは、あなたの責任ではありません。

環境や人に恵まれていなかったからです。

いっそすべて他人のせいにしてしまいましょう。

「自分は一切悪くない」と開き直りましょう。

そして全部忘れて新しい一歩を踏みだすのです。

これからは、なんでもかんでも他人のせいにしていいのです。

そう考えれば、どんな挑戦だってできると思いませんか?

「自分が悪かった」と考えてしまったほうが楽な場合もある

さらに付け加えるなら、「自分が悪かった」と自己責任論的に考えてしまったほうが、人生が楽になる場合があります。

たとえば、友人に貸した金が返ってこないとき、「なんて恩知らずな奴なんだ」とイライラしていても、お金が返ってくるわけではありません。

そういうときは、「あの人を信頼してお金を貸した自分が悪い」と頭を切り替えて、その人とは二度と付き合わないようする。

そのほうが、ストレスが少なく、人生が楽になる場合があります。

もちろん、「全部が自己責任だ」と自分を責めてはいけません。

自分を追い込んで、さらに悲惨な人生になってしまっては本末転倒です。

ただ、過去と他人は変えられない、というのは事実です。

過去にこだわったり、他人に期待したりしないほうが、人生は圧倒的に楽になります。

実体験からも、これは間違いありません。

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