「休日、起きたら夕方だった」そんな自分を責めるなんてただのドMだ!

面倒な作業をする男性

「休日、起きたら夕方だった」
「何かしようと思ってボーっとしていたら夕方になっていた」

そんな休日を過ごして虚しくなったり、自分を責めたりしていませんか?

しかし「起きたら夕方だった」、そんな贅沢な休日を過ごした自分を責めるてしまうのはドMとしかいいようがありません。

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「ボーっとする」「ただ寝ている」ことも有意義な時間

誰かに会ったり、読書をしたり、勉強をしたり、何かをしないと「有意義な時間」と思うことができない、

ボーっとテレビを観たり、1日中寝ていたり、といった過ごし方をすると「時間を無駄にした」と思ってしまうという人が多い気がします。

そういった人は、せっかくの休日に何もしなったことで虚しくなったり、自分を責めたり、自分を嫌いになったりしてしまいます。

しかし自分を責めても、幸せになれるわけではありません。

何か楽しいことが待っているわけでもありません。

そもそも、1日中テレビを観ていたからといって、1日中寝ていたからといって、その時間が無駄とは限りません。

自分にとって必要がだからこそ、そうしたのです。たんに本能に従っただけ。

であるならば1日中テレビを観ることも、1日中寝ていることも、読書や勉強と同じぐらい有意義な時間の過ごし方です。

自分にとっては必要な時間です。

そう考えれば、日曜日の夕方に「何もしなかった」と虚しさを感じることも、何もしなかった自分を責めて、自分を嫌いになることもありません。

現代の日本は、時間を有益に使うことに拘泥しすぎていないだろうか。1秒でも無駄を省き、意味のあることをしようとしている。

そんな世の中が、休日を一日寝て過ごした己を責めるような、自罰的な人間を作り出しているのではないか。

「休める日に寝る」という、これ以上ない休息をとった自分を責めるなど、Mが過ぎる。

そんな人間ばかりのド変態国家になりつつあるのだ。

※「ブスのたしなみ」より

本当にこの通りで、何もしない休日に後悔して自分を責めるのは、変態としかいいようがありません。

休日だからといって何かしなければいけないということはありません。思い切り寝て、思い切りボーっとして、「やりたいことはやった」と満足できればそれでいいでしょう。

何もしなかった自分を責めるよりも、はるかに有意義です。

1分、1秒無駄にしないような生き方が自分に合っているとは限らない

芸能人やスポーツ選手、企業家のなかには、「1秒も無駄にしたくない!」と熱く語る人がいます。

「成功したければ時間を無駄にするな」とも。

そういう人達は、おそらく1秒無駄にしないような生き方をしているのでしょう。

しかし、誰もがそういった生き方ができるとは限りませんし、誰もがそういった生き方に向いているとは限りません。

毎週、「次の休日こそ有意義に過ごそう!」と意気込むものの、結局、毎週ボーっとして終わってしまう人は、1秒も無駄にしないような生き方は、明らかに向いていません。

それが悪いというわけでは決してありません。

人には向き不向きがあって、向いていない生き方をすれば、不幸になるだけです。

山も川も、人混みも嫌いな生粋のインドア人間が、毎日アウトドアに付き合わされるようなものです。不幸としか言いようがありません。

有名人や尊敬している先輩が「時間を無駄にするな」「効率化だ!」と言っていたとしても、それが自分に向いていないなら無理に合わせる必要はないのです。

自分に合った生き方をすればいい。

ただそれだけです。

楽に生きる
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ブログを書いている人
てぬき

ブログのタイトルは「tenuki」ですが、全力で真筆、運営中。2年半の会社員生活を経験した後フリーランスに転身。現在はWEBメディアの運営、ライターなどで生計をたてる。実体験をベースに人生がラクなる情報をお届けます。

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