まったくハッピーエンドではない、ダムを悪者にしたことについて|『アナと雪の女王2』の感想

※この記事は思い切りネタバレを含みます

大ヒット中の「アナと雪の女王2」を観たのですが、とても嫌いな部分が1つありました。

内容はとても面白かったし、映像も音楽も良かった。さらに民族問題、環境問題、ジェンダー問題などなど、複雑な問題にも踏み込みつつ、それらを上手くまとめたのもすごかった。

正直、あっという間の1時間40分でした。

しかしどうにも好きなれない点があります。

それは人工物を全否定し、ダムを完全なる悪者にしてしまった点です。

ダムが決壊したことで、アレンデールの生活は危険に晒される

今回のストーリーは、「精霊の怒りを静める旅にでる」というもので、精霊の怒りを静める唯一の方法が「ダムを壊す」というものでした。

ダムを破壊すると城が沈む可能性があったのですが、住民は避難してるからオッケーということで、躊躇なくダム破壊の任につくアナ。

ダムを壊すと、流れでた水が城を襲う直前のところで、エルサが魔法を使って津波を止める。

アレンデール城もその住民も全員助かり、精霊の怒りも静めることができ、めでたくハッピーエンドとなるわけです。

たしかに精霊やエルサ、自然と共生するノーサルドラの民にとっては願ってもいないハッピーエンドでしょう。

しかし、アレンデール王国の住民はどうでしょう。

作中では三方良しのハッピーエンドになっていましたが、後先のことを考えればアレンデールの人は喜べないはず。なぜならダムがなくなり、水害に備えられなくなったから。

ダムはアレンデールを水害から守るために造られた

アレンデールの人はなぜダムを造ったのか? 作中では、「ノーサルドラに友好の印としてダムを造った」とされています。

友好の印としてダムを使った……

姉妹都市にある謎の石版みたいなノリで、ダムを造ったりは普通しません。

アナ雪の時代設定や作中の世界の技術力がどうであるかはわかりません、ダムの建設は、時間もお金も人手も要する国家の一大プロジェクトであるはず。

アレンデールの国民が収めた血税を投資し、命と時間をかけて、ダムを建設するわけですから、単なる「友好の印」という理由だけではないでしょう。

では、なぜダムを造ったのか?

一般的に、ダムを造るのは、「治水」「利水」「発電」この3つの目的。

アナ雪ワールドに電気はなそうなので、「治水」と「利水」が主なく目的でしょう。

なかでも明らかなのは「治水」です。

治水とは、大雨がふったとき、川の水が溢れないようにしたり、川を流れる水の量を調整したりして、洪水などの水害から街を守ること。

アレンデールがダムを造った本当の理由も治水のはず。

それは最後の、ダムが決壊したシーンからも明らかです。ダムによってせき止められていた水が、フィヨルドを流れて一気に湖に流れ込む。そしてアレンデール城を飲み込む寸前で、エルサが水を凍らせて食い止める。

この最後のシーンからもわかるように、アレンデールは水害に弱い城なのです。

そんなアレンデールは、城を水害から守るためダムを造りました。しかしながら、ダムを建設する際の許可のとり方に問題がありました。

建設予定地の地元住民であるノーサルドラにしっかり事情を説明するのではなく、適当な理由をつけておこうと。

さらにノーサルドラは不思議な力を使うわけがわからない人たちなので、戦争で片付けてしまえということにしてしまったのです。

それが災いして、せっかく建設したダムを破壊することになるのです。

このやり方は称賛できるものではないし、非難されてしかるべき行いです。本来であれば、ノーサルドラの人としっかり協議した上でダムの建設をするべきでした。自業自得です。

しかしながら、城を水害から守っていたダムを悪者にし、破壊して解決、という結末にする必要なかったのではないかと思うのです。

エルサが城を一生守ってくれる保証なんてない

作中では、「ダムのせいで自然が壊れ、魔法の森を枯らしつつある」といったことが語られていました。

魔法の森と共生するノーサルドラにとって、森が枯れることは死活問題で、ダムの存在はノーサルドラ人の生活を脅かすものでもあります。

つまり、

ダムがあるとノーサルドラが困る
ダムがないとアレンデールが困る
というわけです。

この両者の間を取り持つがエルサ。

ダムを壊してノーサルドラのために魔法の森を保持する。
一方で、アレンデールはエルサが魔法で水害から守る。

というのが決着のつけ方でした。

しかしこの決着は、アレンデールにとって不安でしかありません。なぜなら城の安全はエルサという1人の人間に依存することになるから。

エルサが永遠に生き続け、そしてどんな時もすぐ駆けつけてくれるならいいでしょう。しかしそんな保証はどこにもありません。

魔法がつけるエルサ。しかし人間である限り、必ず寿命を迎えます。

エルサがいなくなった時、アレンデールは誰が守ってくれるのでしょうか?

アナが守ってくれるのでしょうか?

ただの一般人のアナが水害から城を守れるはずがありません。

ダムを失ったアレンデールは、エルサという1人の人間に運命を握られることになってしまったのです。

ノーサルドラとの和解と引き換えに、城を危うくしてしまったわけです。これがハッピーエンドといえるのでしょうか?

「人を殺して、自然を生かせ」とも受け取れるアナ雪2

アレンデールの城を水害から守っていたダム。そのダムを壊して自然と共生しろ、というのが精霊から司令でした。

これはつまり、「人命よりも自然との共生を優先しろ」ということです。

もっと性格の悪い言い方をするなら、「人を殺して、自然を生かせ」ということ。

もちろんこの作品におけるダムは、「自然を思い通りに支配したい」という人間の考えを象徴するもので、ダムを壊すことは「自然を思い通りに支配したいという考えを捨て、自然と共生することを学べ」というメッセージでもありました。

しかし「自然と共生のために、人命を守る人工物も全否定」、というのは過激ではないでしょうか。

人間の命を守っているすべての人工物を否定することはつまり、防波堤や避雷針、鉄筋づくりの家、抗生物質やワクチンの摂取、人工物中絶や避妊だって非自然なことだから否定されることになります。

ダムの存在を非自然的だと否定するのは、そういうことでしょう。

もう人間は竪穴式住居で原始的な生活をおくれということなんでしょうか?

僕の受け取り方が悪いのかもしれませんが、そう受け取れるのはたしかです。

これが本当にハッピーエンドなのでしょうか。

特にここ最近の日本は水害に悩まされています。記憶に新しいところでは、台風で氾濫した多摩川、そして3.11。

あのような悲劇を繰り返さないためにも、僕らは人工物で備える必要があるのではないでしょうか。

アナ雪はそれも否定するのでしょうか。

「ダムを悪者にし、問題の解決策をダムの破壊にした」

このストーリーから僕は、そんなふうに思ってしまいました。だから僕はアナ雪2のダムを悪者にするというストーリーが嫌いなのです。

とても面白いけど。

映画評
かなざわ

食文化や都市などを調べているフリーランスのブロガーです。このブログは、本や映画、漫画について、その感想を紹介するとともに、僕が調べている食文化や都市と絡めて論考できればと思っています。

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